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あっぱれ

大正7年に生を受けたうちのおじいちゃん。
ここ3年は老人ホームのお世話になっていたが
まだまだ筋肉もしっかりしていて食欲もあり
自分で歩く事もでき、あと5,6年は生きるだろう
と思っていたのに、ぽっくり死んでしまった。
肺炎だった。

最愛の祖母を亡くし30余年、「早く呼んでくれ」といってめそめそしつつ
バリバリとこなした毎朝晩の犬の散歩、のついでのゴミ拾い、
畑仕事、ハワイでの越冬、友達づきあいに、
念願のひ孫との自転車に乗っての追いかけっこ、
など実に朗らかに満喫していた

思うより動く方が先で
頼むと「ほいきた!」といってすぐに動いてくれた

小学生の頃、学校の飼育小屋の仔ウサギがどうしても飼いたくて
お願いしたら、すぐに近所の百貨店へ行って金網を買ってウサギ小屋を作ってくれた

トンボを取りたいといえばすぐに百貨店で虫取り網と籠を買ってきてくれて
早速庭で一緒に捕まえてくれた

毎年夏には長野へ行って親戚の果樹園でいろんな果物を採る体験をさせてくれ
臭い豚小屋へも連れて行かれた

体育で使うスピードスケートの刃は毎晩のように面倒くさがらず
上手になれよって丁寧に研いでくれた

自転車で通っていた中学校へ寝坊すると母の目を盗んで車でしゃっと送ってくれた



昭和23年に県から軽井沢出張所に派遣され以来軽井沢に住むことになる
当時は進駐軍が接収する別荘の案内役をさせられていたという
お酒にはからっきし弱く、そんな下戸の祖父を米兵たちはからかって
コーラだと騙され飲んだものがお酒だったんだ、くるくる回って大変だったんだ、とか
身長160cmに満たない祖父から見たら米兵は鬼のようにでかかったんだろうな

住まいを囲む浅間石の立派な石垣は
朝薄暗いうちから夜暗くて見えなくなるまでコツコツと
自力で積み上げ作り上げてしまった。
庭にあった四坪程の池も自分で掘った。
なんでもかんでも自分でさくさく作ってしまった
祖母に毎日「いい加減に引き上げなさい」
と叱られたと聞かされたことは耳に沁みついている

「俺が16の頃にはなぁ、東京の青山で奉公していたんだぞ」
高校の頃に甘ったれていた兄と私は何度この話を聞かされたことか

兄二人、妹四人、弟一人の八人兄弟の三番目
出生届に「武幸」と書く所を父親が間違えて「茂幸」としていたことを
学校へ上がる際の申請の時まで家人全員誰も知らなかった。ウケる。
しばらくぶりに葬儀で会った祖父の長兄のご長男が
「叔父さんはこっちでは武おじさんってよばれてたんだよ」と
ずーっと静かに微笑んで話してくれた叔父さんに話好きな祖父の面影があった

祖父には顔と身体に少しの赤いあざがあった
「お腹の中にいる時にお母さんがびっくりしたことがあると赤ちゃんにあざが出来るんだってさ」
全然気にも留めていない風だった

祖父がまだ60代の頃
「ひ孫が生まれるまで長生きしたいなあ」
「年を取って目が見えなくなって「誰だやア?」なんてボケて嫌がられるんかなあ」
どっちだよ??
て思うことをいつも言っていて嫌がられる以外はその通りになった



戦争には三度出兵したらしい
私が覚えているのは、満州とトラック島の話
「トラック島のバナナは木で熟すから皮が紙のように薄くてうんまかったんだ」
「満州は凍て付く寒さで、夜宿舎の外でおしっこをするとそのまま棒のように凍るんだ」
ホントかよ??
「戦友が真横で砲撃を受けて死んでしまってから、こんちくしょう!って玉が恐くなくなった」
「トラック島を脱出する際砲撃を受けて船が沈没して助けが来るまで三日三晩ずーっと海に浮いていたんだ」

終戦の年の12月、真冬に半袖半ズボンでトラック島から引き上げ
やっと自宅へ辿り着くと「こんばんは。」声色を変えて声をかけた
奥から、どなたさんですい?と言って顔を出した両親に
「武か!! お前足あるか!?」
といって迎えられたらしい。
すぐ上のお兄さんはロシアの捕虜にされ祖父より帰国が遅かった
抑留中、強度に共産党に洗脳され頭がおかしくなってしまって
夜中に大声で共産党の唄をうたって外を歩き回るから
軽井沢に引き取って祖父がその面倒をみた
戻るまでしばらく大変だったと聞いた
二人とも20代を戦争に侵された。



そんな祖父はめそめそしたところはあるがくよくよしないタイプで
戦後、軽井沢での活躍は目覚ましい
なんでも臆せず行動する

県の仕事で全県中回って各地の特産等を知りつくしていたお陰で
軽井沢に物産館という土産屋を建てた

一方、一年の半分が冬だった軽井沢で石炭屋を起こす
橇を引いて配達をし、帰りはその橇に乗って帰って来た
石炭屋はガス屋になり現在も続いている

軽井沢にスキー場の無かった時代は旧ゴルフ横の坂道を竹スキーで滑って遊んだとか

そうは見えないのだがお金儲けが上手で
山から小さいもみの木を切り出して
クリスマスツリーとしてトラックに積んで東京の米兵の所に売りに行くと
すんごく儲かったんだ
だそうだ。

杏の種をみて「これ何かにならないかなあ」と穴を開け
ひもを通しお人形に見立てたキーホルダー
これが飛ぶように売れたんだ
アイディアをすぐ形にする人だった

裏の土地にいよいよ別荘が建つと聞いた時
お金があったらあの土地も買いたかったんだ
そして真ん中に大きな池を作ってその周りにコテージを何棟も作って
たくさんお客さんを呼びたかったんだ
構想が豊かな人だった

晩年、
朝お店に出てみると店横の芝生に大きな蔓の巨大なモニュメントが現れていた
この太い蔓、一体どこから収集してくるのか
店の雰囲気に合わない!と毎朝巨大モニュメントと格闘し片してしまう私
せっせと収集してきてしゃしゃしゃと早朝に巨大モニュメントを作る祖父
祖父と私の他愛のない攻防戦
「せっかく作ったのに」といって憤慨していたっけ

長野時代からの親友と祖母と祖父とはよく旅行へ行っていた
旅館に着いた時、親友の方は足が悪いので祖母と先に車を降り
祖父は車を停め荷物を持って後を追うと旅館の方に
「運転手さんのお部屋はこちらです」
と呼びとめられた、と大笑いした話がお土産だった
ハワイに行き始めた頃お土産に買ってきてくれた鉛筆が
MADE IN JAPANだったので大笑いしたのも思い出した



長いお付き合いを下さった方は祖父といえば「ブルーベリー」
40年近く前から何十本も育て、時期には毎日何十kgも収穫し
夜な夜なジャムにして瓶に詰めお手製のラベルを張り
皆に配っていた。

人助けが性分のようで、本当に沢山の人の面倒を見た
皆に「じじ」「じじ」と慕われていた

ああいう大胆さが私にも欲しい所だ
爪の垢を頂いておくんだった。

前夜式の葬祭場にもう一件の葬儀があった
なんと、長野時代からの古いお付き合いの親友の奥様のものだった
家族ぐるみの付き合いで私も親戚の様に思っていたのだが
ここ数年様子が伺えないな、と心配していたのだが
一体どこまで仲よしなんだ
共通の知り合いの想いも皆共通だった
長く離れて暮らしていた一人息子さんは
「一緒に連れて行ってくれてありがとうございました」
とおっしゃっていた
本当に。仲良くお手手つないでそれぞれの最愛のツレアイの待つ天へと旅立った

あっぱれな101年の人生となった
やっと呼んでもらえたね
おつかれさまでした。



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# by lavvoronte | 2019-10-04 13:23 | ぶつぶつ・・・

夏の終わり。
もうほぼ初秋。
やっと忙しい感じが落ち着きだすといろんなコンサートなどに気が惹かれ出す。
先日は知り合いが企画したピアソラのコンサートに出かけた。

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場所は
明治30年に設立されたユニオンチャーチ
建立100周年は去年だった。
大空間を支えるトラス構造は
アメリカ人のウィリアム・メリル・ヴォーリズによる設計
日本人大工の小林さんがそれに応えた

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ここでは叔父が挙式を挙げ、祖母の告別式をした。

暮れゆく室内に、市松柄に配置された窓が浮き彫りになる


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聖書越しに望むステージ
歴史いっぱい、想い出一杯の場所で聞く
ノスタルジックなピアソラは情感が倍増された

      *

バンドネオンとピアノの編成が基本のピアソラだが、
今回は
ピアノとヴァイオリンとチェロ、だった。

チェロのふくよかな音色、ヴァイオリンの奥行きある音色
二人をおおらかに受け入れる松村さんの人柄がにじむ美しいピアノ

聴き馴染んだピアソラがまた違って聴こえてきた

あっという間の二時間で、
アンコールを2曲も演奏して下さったのに
ずっと終わらないで欲しかった。

3人の意気がとても良かったのだ。
また聴きたい。

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あんまり感激して
帰りに小林酒店で買ったワインは
いつもより奮発してしまった。















# by lavvoronte | 2019-08-28 12:43 | 軽井沢のようす

コムスメノきがい

令和元年
七月十五日、軽井沢大賀ホールにて
「俵菜緒」氏による、地唄舞公演を
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取り行った。

   *

事の始まりは、
宮崎駿監督のNHKの特集を見た事にさかのぼる
三年前の晩秋のことだった

その一月前、
久しぶりに俵氏のリサイタルが出身地足利で行われた
その時舞われた「菊の露」。
冷え込んだ秋の朝、庭の小菊に置かれた朝露をみて胸を震わせ涙する
そんな繊細な日本人の情緒に、目が覚める思いがした。
まだその余韻に浸っている最中
宮崎監督の価値観をつぶさに観察して
更に感受性を高めようと
特集に神経を全解放して見入っていた
と、そこで目にし、耳にした、現代日本人の姿
短絡的でおぞましいと感じた若者の価値観、
何故に私はこんなに気分を害されなければいけないのか
悲しくもあり憤りもありそして危機感を覚えた
あまりに日本人は心を失い過ぎている

繋げられる心が存在するうちに繋がなければ

そんな危機感は
こむすめの身の程知らずな行動
と相成った。

以下、その結末である。


*  *  *  *  *


【雪】
気配も吸い取る
雪降る夜、
かすかな物音に
出家までしても忘れられない
人を想う

   *

白く塗られた肌に、口と目もとにさされた紅
豊かな黒髪を結いあげ
裾をたっぷりと引きずり
転がす和傘に想いが乗る

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滴るほどに盛り込まれた美しい日本
この「雪」が観たい

   *

心とはなにか、
私は美意識もその一つだと考える。
心とは「感じる」力、だと思うからだ。
美しいと感じる力、きれいだと感嘆する力、儚いと愛おしむ力
切ないと共感する力、足るを知って貪りを抑止する力
無力さを改め敬意を払う力

   *

今この地唄舞を観るということ
これが、心をつくる。
決まった動き
などで表すのではなく、
その作品への舞手の想いが
削ぎ落された動きの中に宿り
百人が百様に解釈をする
舞手と見者のキャッチボール

自ずが何を感じるのか。
この問いをもって我の心に気づく
それが心をつくる

   *

そこで
大賀ホールで公演をしてもらえないかと俵氏に打ち明けた時
まず「雪」を舞って欲しいとお願いした。

軽井沢大賀ホールはクラシック専用のホールであり
その舞台は檜ではあるものの演奏者たちが革靴で闊歩するため
表面のささくれと微粒子の埃は一番の懸念材料だった。
何しろ「雪」は着物を引きずるのだ

それを解決するべく当日朝九時、
骨の髄まで知り尽くした友人3人と俵氏側のスタッフ
掃除機片手、雑巾一杯を手に鼻息も荒く
大賀ホール裏口に勢ぞろい
開門と同時に掃除に取り掛かる
皆の想いと働きのお陰で
舞台の拭き上げが終了した

そして、舞台稽古に入る
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「聴かせる」ことのためのホール故
見せるために沢山の工夫と苦労が施された
銀箔の屏風があるだけでずいぶんと雰囲気が変わった
舞台監修の写真家森田氏に指示を仰ぎ
専用外のホールでどのように見せるのか
最後の最後まで確認した

その間、私は楽屋にお邪魔していた
楽屋では俵氏の装う小物の準備がされていた

まず、鬘(カツラ)
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舞によって鬘を変える
手前は艶ものの「雪」のもの
奥は、男舞の「八島」用

私は、前髪が少し乱れているように見える手前の鬘が
八島の踊りの激しさを現わしているのかと思ったが
床山さんに「地唄舞は乱れません」
と教えて頂いた。
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簪(かんざし)などは現場に来て、着物等に合わせて付けるのだそうです
こちらは関東用の鬘らしく、現代よりに少し明るめの毛色だそです
関西用は真っ黒を用いるそうです


次は顔師さんのお仕事です
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赤だけで何種類もありました
本人に合わせて作るのだそうです

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顔師さん、この一月前に退院されたばかりです。
体調を押して、息子さんに付き添って頂きご協力くださいました。

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傍で見る日本の技、かっこいいです。


お着物です。
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俵氏が何度も京都まで足を運び衣裳さんと相談し決めていらっしゃいました。

二曲目の【八島】の着物の裾は手刺繍によるものです。
「重たい着物なんですよ」
といって触らせて下さった。
片袖を持ち上げただけだったけれど、
これを肩にかけたらずっしりとさぞ重いだろう
それで手を持ち上げたままの姿勢を続けたりするのだ。
過酷だ

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なんという風格か

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波に千鳥

【八島】
源平の古戦場、四国八島の浦が舞台です
亡霊義経の語った、修羅道の凄まじい合戦の様子
合戦中流してしまった弓を自分の名を汚さぬよう命を惜しまず敵の前に身をさらして取り戻した
そんな様子を舞います。
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*  *  *  *  *


全ての照明を消し、
真っ暗な中
衣擦れの音と気配だけが近づいてくる
客席が水を打ったようにしんと静まり返る
ッカ―ーン
拍子木の澄んだ高い音が響き
ほんのりと灯りが点き
舞が始まる

気持ちの良い緊張感

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はたして公演が終わりました。

ここへ来るまでいろいろありました
俵氏本人の入院、
先述の顔師さんの入院、
地方(ぢかた)の先生は、膝を悪くされ、立ち座りに乱れが起こり見苦しいゆえ、俵氏にご迷惑をかけるからと、高いプロ意識から2度ものお断りをされました。それを大道具さんの工夫や俵氏の説得によって難を越えての実施でした。なににつけても奇跡の公演なのでした。

後日公演の録画がDVD化される予定です





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お客様が暗い客席で描いてくださいました
舞の感激冷めやらぬ様子で後日届けて下さいました



三年かけて俵氏とたった二人、
小さな力でつなげて来た。
とっても良い集大成と相成った。
これが、
もう立派な大人の
こむすめの気概の
成果でした。





地唄舞 jiutamai
地唄「雪」俵菜緒
解説 葛西聖司
地唄「八島」俵菜緒
唄・三絃 富田清邦/菊森美穂
大道具 山本大道具
小道具・狂言方 松永和則
衣裳 京都小林衣装
着付け 奈良秀明
床山 大澤金久
顔師 新井清
写真 森田拾史郎




公演前に宣伝用にと製作して頂いた動画です。
日常を切り離す清潔感ある拍子木の音、
俵氏の美しい指の動き、
富田先生の唄い、
日本の技、
ほんの少しご覧頂く事が出来ます。
心を生み出す日本の美
ご覧下さい。











# by lavvoronte | 2019-07-30 13:17 | 日本の美意識

異様な落葉

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今にも降り出しそうな曇り空が続いている
軽くひと月は経つ

初めは野薔薇だった
その次は道端を埋め尽くすようにコブシの葉が落ちていた
それをやっと掻き終わったかと思ったら
今度は山桜だ
バッサリと、やる気を失ったかのように
25年来の異常な天候
掻いているそばから頭に降り落ちる











# by lavvoronte | 2019-07-22 14:03 | 軽井沢のようす

SUPPER 2019 夏 DINNER

本日のメインは、
大鹿村のシカ肉
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吐く息も白くなりそうなほどの天候のなか
いつものみなさんに今日もお出かけいただきます

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タマテバコ!?
荷物を運んできたシェフの車からおろされた
一体何が入っているのでしょう。

こちらは、
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お客様がお持ち下さった古い楽譜
中山晋平の楽譜に一曲ずつのイメージに合わせた
竹久夢二の絵が表紙になっているとても貴重なもの。
サパでお顔合わせになられるお客様同士の交流です。
すてきです。

さて
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はじまりますよ。

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本日、一皿目は
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とうもろこしのパンケーキ、ラタトゥイユ、温泉卵、生ハム、バジルと春菊のソース
香ばしい香り漂うトロトロのパンケーキに
ラタトゥイユのやさしい酸味と生ハムの塩味が抜群
温泉卵も加えるとぐっとコクが増します。

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お鍋の中はブイヤーベースの準備です

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皮目の見た目が鰤っぽかったマナガツオ
なかなかお目にかからない
関西では高級魚
こちらはソテーにしてからお鍋に入ります

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クスクスと金目も入って

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完成です。


お次は
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メインの、大鹿村のシカ肉です。

オーブンに入れられたり、フライパンに乗せられたり、網の上で焼かれたり
いろんな手法で丁寧にシカ肉と向き合うシェフ

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きれいな断面~

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付け合わせは
丸いズッキーニにマッシュポテト、
ヒョウタンみたいな形のスモークされたとろけるチーズに
インゲンが乗りました

杏のソースをかけて仕上がります。


モクモクと
煙が出てきそうな箱に入っていたのは、
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バカラの小鉢
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気品あふれてます
さすが、箱入り娘

本日ご用意した飲み物たち
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すっきりとしてスルスル喉を通り過ごして行く白ワインや、赤3種類


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箱入り娘のガラスの小鉢には、
アーモンドのブランマンジェと杏のコンポート

器って、大事ですね
ブランマンジェの表情がいつもと違って見えます。
こう言うことが伝えたくて「サパ!」をはじめました
とっても貴重な器をもってきてくれたシェフの労に感謝です。


そして、

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本日のまかないは一皿目のメニュー!
こんなパンケーキ食べた事ない
とうもろこしはキメが細かく皮感を一切感じないなめらかさ
そしてムースのようにとろとろ
なのにカリッと香ばしい部分もあり、
そこに沢山の野菜の香りが華やかに香るラタトゥイユ
それを引き締める生ハムの塩味
やさしく包み込む温泉卵。


こんな仕事
止められない




次回は
9月10日(火)
です。
ご一緒に楽しい時間を過ごしませんか。











# by lavvoronte | 2019-07-13 10:47 | お店のようす