森の中のちいさなお店 すてきな”ギフト”みつかります


by lavvoronte

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Kihnu島
次にバスが止まったのは木立の中のしゃれた半屋外型建物が佇んでいた場所。
ここでお待ちかねのランチです。
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そよそよと穏やかで優しい風が吹いて、
なんて平和なんだろう、と噛み締めました。

お昼も十分に噛み締めました。
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「ウナギ」だと紹介された燻製の魚、パンが2種類、木の実のジャム、多分同じ木の実のジュース
そして一番気に入った茹で卵入りのスープ
ジャガイモと、ウナギ(?)と、人参とディルと細かく刻んだ茹で卵などが入っています。
いいおだしがでて、何回もおかわりしました。
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お魚の骨がきれいな緑色をしていて
気持ち悪くてみんなでなんでなんでと話題になりました。
着色したのか?という説も出ましたが、緑色をした骨を持つ魚もいるようです。

地元のご婦人たちが私達の為に用意して下さいました。
ごちそうさまでした!
Paldies!(パルディエス)/ありがとう!






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by lavvoronte | 2016-06-30 15:51 | いってきました。
Kihnu島
ガイドさん宅の次に案内されたのは、民族歴史資料館。
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漁に関する道具の展示
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冬は海が凍って渡れるほどだと言ってましたから、氷の上を歩く道具なんでしょうね。
毛糸の靴下に、必要最小限面積の革のカバー。
毛糸の靴下なんて、水にも濡れるし寒いでしょうに。
勝手な想像ですが、殺生を伴う革製品は貧しいこの島には貴重な資源なのでしょうか。
それに比べて再生されるウールによる製品は豊富にありました。
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手の温もりの感じられる品々
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木製の鞄は初めて見ました!
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こちらは軽井沢育ちのわたしにとってはお馴染の
下駄スケートですよね。
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既婚女性はエプロンをしています。未婚女性は伝統工芸の独特な縞模様のスカート。
男子が来ているのは何重にも毛糸が重なり風を通しにくく保温性の高い編込みのセーター。
みんなが寄り添ってとても仲がよさそうです。みんなで協力して暮らしを立てていたのでしょうか。
日本人の様な村意識を持っているように感じます。
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この度を通して感じた事は、「我を通さない」という言葉に集約されます。
身の回りの日常品は天然素材製です。廃棄にあたっても環境に負荷をかけません。
エアコンも完備でないところも目立ちます。あってもキンキンに冷やすようなことはしません。
飲み物も冷やしてあるものにはほとんど出会えませんでした。
もともと寒い季節の方が長い為、という事もあるでしょう。
けれど、環境の方に人間が合わせる、不快をも受け入れられる余裕、
快適を求め無理を強いらない。長年の占領の歴史のせいなのでしょうか。
「大国の様な強さは求めません。」
最初の日のガイドさんの言葉が思い起こされます。
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by lavvoronte | 2016-06-27 16:24 | いってきました。
Kihnu島、灯台の次は
公民館?
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と説明されたけど、
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まだ完成はしていないが学生などが利用してここで製作した絵画などが展示されていた。

学校の先生もしているという早口な英語でマシンガントークをするガイドさん。
私は一割も聞き取れない。
いまも次に行く場所を説明してくれているのだが、マイハウス?といったように聞こえた。
あやさんに通訳をしてもらうと、
「私は何回も日本人のガイドをしてきました。だから日本の皆さんがこの島の私達の日常の暮らしに興味があるという事良く知っています。なので、次にご案内するのは我が家です。」
やっぱり、マイハウスで合ってました。
そこはまるで絵本の世界でした。
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by lavvoronte | 2016-06-23 16:57 | いってきました。
Kihnu島
初めに案内されたのは船を見守る大事な灯台
島の男性はほとんどが漁師です。
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朝 8:30出港のKihnu島行きフェリーに乗ると
パルヌ(エストニア)の小学生や私達とは別のツアーの日本人など
さまざまな人たちが乗っていました。この小学生達とは経路が一緒なようで
行く場所行く場所私達がその場所を立つ頃入れ替わりに到着します。
ここへはトラックで輸送されてきました!
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私達が手を振ると大きな笑顔でそれに答えてくれました。



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by lavvoronte | 2016-06-23 15:09 | いってきました。
最初の予定ではこの日の出発は朝5:30。
「起きれるのか!?」
自分に自信が持てずにいましたが、最終の予定表で朝7:30に訂正。
それでも、起床ではなく出発です。気を引き締めて床に就きました。

全部お任せの「おんぶにだっこ」旅。
今日行くKihnu(キフヌ)島も何が見所なのかもさっぱり、出たとこ勝負
なんでも受け入れる心づもりだけはバッチリです。

Kihnu島
2003年、この島の暮らし、伝統的な結婚式がユネスコの世界無形遺産に登録されました。
周囲7km、冬は海が凍りつく為車で島まで移動が出来るそうです。
その為、冬の方が自由を感じる、とは島民のガイドさんの談。
パルヌ港からバスごとフェリーに乗って約一時間
真っ青な空の下に島が見えてきました
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そのままバスで島を一巡りします。
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最初に訪れたのはLighthouse
灯台です。
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by lavvoronte | 2016-06-23 14:48 | いってきました。
【第1回 ワークショップ】
手仕事好きが集まった今ツアー
楽しみにしていたワークショップが始まります。
まずは講義、伝統的なケルトセーターについてお話下さいました。
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いよいよワークショップです。
編み物か
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伝統刺繍が選べました。
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編み物はこの時間内には到底終わらない、皆揃って刺繍を選択。

さて、大先生がデモンストレーションをしてくださいます。
細い毛糸を二本取りにして針に通します。
デッサンで影をつける時の様に糸は一方向になるように。
長く渡した時にはその糸が布から遊ばない様に次の糸を前の糸の上から斜めに交差させます。
基本はこれだけです。
が、読んでもわからない様に実際見ても良く理解出来ませんでした。
要は感性の問題なのでした。
下はプロの作品です。
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本来ならこのワークショップも全員で受けられるはずでした。
まだ空の上で、長旅の疲れに身を投じている仲間がいる・・・
私達はそれぞれ口には出さないけれど後ろめたいようなモヤモヤしたものを抱えていました。
先にバルトへ着く事が出来た私達を引率してくれていたあやさんに惚れたのはこの時でした。
「みんな、遠慮しないで楽しんで。誰のせいでもないんだから。しっかり覚えて後乗り組みに教えてあげよう!」その言葉を聞いて、みんなも心がほぐれていきました。そして参加者の中から「後乗り組みの為に、ここでお土産を買いませんか。」という声が上がりました。みんなが賛成しました、やるより買った方が技法が良く分かる、と(笑)。まだ会ったこともないのに既に愛情ある仲間意識が生まれていました。
なみさんに『何しろ出会いが宝になる旅だから。みんな涙流すほどに仲良くなるの。』と旅の説明を聞いた時、皆さん感激屋さんなのね、と思っていましたが、私にもそれをたやすく理解する事が出来ました。


夜8時半、24時間前に到着した空港へ再び向かいます。
狭い到着ゲートから人々がパラパラと出てきます。
もうそろそろかな、しばらく経つと少し疲れたような感じの日本のグループが出てきました。
「お疲れさま!」
何事かという周りの雰囲気に少し恥ずかしさを覚えながらも、熱烈歓迎の意をこめて
二人づつ向い合いゲートを作りました。歌も歌おうよ、という案はさすがにお流れでした。
全員が揃いました。長い長い24時間でした。

やっと大げさに感じなくなった大型バスに乗り夕飯前には着くはずだった次の目的地へ
大きな疲労感を溜めこんだバスは走ります。
「皆さん、大変お疲れさまでした。これから今晩の宿泊先まで2時間ほどかかりますのでぐっすり寝て頂いても大丈夫です。ホテルで寝れなくなっちゃった場合はそれはそれで個人で悩んで頂いて、」
私達は大笑いです。あやさんのこういうところが大好きです。
隣の友人とあやさんの評が固まった瞬間でした。

明日の朝は、早いです。
バルト一日目、すでに旅の醍醐味を噛み締める夜でした。




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by lavvoronte | 2016-06-23 12:23 | いってきました。
地図も見ず案内されるがままに石畳の坂道を右へ左へ登ったり降りたり、
タリン旧市街の周囲は5km、皇居と同じ大きさです。
中心にある旧市庁舎広場を目印にすれば迷子になる事もなさそうです。

朝から歩き回ってそろそろお昼の時間です。
ですが手仕事好きの我々の前に大好物の地元アーティストの
アトリエショップが目に入ってしまいました。
実を申しますと、市街観光よりもヒートアップしたのは
このお墓レリーフが飾ってあった壁の側にあった
地元クラフトアーティストのアトリエとショップでした。
私も民芸市まではお買物を控えようと思っていたのですが、
赤いフェルトのオシャレなミトン手袋を母に、
それから織地の端切れの様な物で作られたブローチを
自分用に思わず買ってしまいました。

さてさていい加減お腹の虫が黙りません。
ここでお待ちかねのお昼です。
お店は奥に長い横穴の様な造りの落ち着いたレストラン。
spot
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(その雰囲気からは想像しがたいのですが、意外にも団体客に対応しています。
こんなにはいるのか?と目を丸くするような人数がするすると店の奥へ吸い込まれて行きました。)

ホテルの朝ごはんのクオリティから美味しいであろう事は確信済
おっと、その前にビール。
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saku という町で作られた地ビールです。
我が故郷の近所にも同じサクという市があるな、と思っていたら姉妹都市なんだそうです。
更に、この事実をフェイスブックに載せると、
『愛さん、2年前に佐久でSAKUの物語をミュージカルにして、駐日エストニア大使をお迎えして(コスモホールで)、エストニア語で国家を歌い喜んで頂いたことをご存知でしたか?』
とコメントを頂いてびっくり。
あらあら、なんだかご縁のある土地だわ〜。
お昼はチキンのグリル。
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デザートは初めて食す
カママウシー という穀物をムースの様に仕立てた物
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アーモンドの風味がしました。


ごちそうさまでした。
この後は、一回目のワークショップです。

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by lavvoronte | 2016-06-22 21:07 | いってきました。
タリン旧市街観光の続きを駆け足で、
こちらはタリンの街々を見下ろせる二つある展望台のうちの一つ
Patkuli展望台
港をバックに、14世紀世界一高いゴシック様式の建築として知られた
聖オラヴ教会が中心に聳えます。
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こちらの通りは昔幅の広いスカートを履いた貴族の女性がすれ違えない程に狭い通りで
自分の仕えている家の女性を通すために騎士たちが剣を交えたそうです。
左に壁に掛かっている小さな看板に騎士が描かれているのはその為です。
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看板の裏側はスカートの広い女性がすれ違えない様子をお描いています。
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この樹はタリンのあちこちに立ち上がる白い花をつけて生息していました。
日本の桐に似ているな、と思いましたがケルトさんによると栗だという事です。
でも、キリとクリと発音が似ているから怪しいな、
と思いフェイスブックにアップしてみると
どうやらマロニエの一種ではないか、という事で私の中では落ち着いています。
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もう一つの方の展望台
Kohtu通り展望台。こちらからは新しい金融街と中世の佇まいが眺められます。
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この城壁の裏側は
デンマーク王の庭園
と呼ばれる小さな庭園があります。1219年以前、
デンマークの王と彼の軍の基地として使われていたそうです。
この城壁は商人職人の地域と貴族の地域を隔てます。
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城壁内は夜は門が閉じられ行き来を制限しました。
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こちらは
旧市庁舎薬局
の内部。ヨーロッパで唯一1422年以前より休まず営業を続けているという
最古の薬局です。
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こちらは"恋の病薬"です。
昔王子様が恋の病に冒されこの薬局に作らせたそうです。
でも、実はただのマジパンなんだそうです。
購入しなかったと食事の時に話したシングルの私と友人に
あらダメじゃない!と言って同行のキョウコさんが分けてくれました。
キョウコさん、ありがとう。


この壁に飾られているのは、お墓として使われていたレリーフだそうです。
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以上、駆け足でタリン旧市街観光でした。

この後は絶品ランチです。


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by lavvoronte | 2016-06-20 17:32 | いってきました。
5月31日(火) 
バルトでの初めての朝をコンチネンタルブレックファストで迎えました。
この美味しいこと。これからの旅に益々期待が膨らみます。
一番気に入ったのが、初めは見たこともないので敬遠していた
黄色いマヨネーズ上の様なものにマリネされていた魚です。
友人が「美味しい」と目を見張るのであらそうなの!?と再び皿を取り上げます。
魚はイワシか?ニシンか? やっぱりイワシかな。
マヨネーズ状のものはマスタードとマヨネーズ。
まあ、美味しいこと!
臭みもなく新鮮で。その後毎朝出ている限り食べていました。


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さて本日の予定は「日本語ガイドと共に、タリン旧市街観光」です。
ここで前乗りしていた愛らしい素敵なおばさま3人組が合流です。
お3人はこの旅が最後だからというのを謳い文句に
お3人の中の、このツアー2回目の参加というお一方のご意見を参考に
各地でオリジナルなアレンジが入ります。
この時は、旧市街の中のクラシカルなホテルに泊まられ、
前の日、1日この旧市街を探索されていたそうです。

朝9時にロビー集合。
朱色の和傘が良く似合うガイドのケルトさん。
広島大学に8年留学されていたそうです。
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この日も15人の乗客に対して60人乗りの大きなバスに乗り込みます。
ホテルからくるっと市内を回り旧市街地でバスを降りました。
そのバスの中でケルトさんに教えてもらったエストニアの概要の一部を記します。

エストニアの面積は九州とほぼ同じ大きさで、人口は京都市と同じ。
最先端のIT先進国で、テレビ電話のできるスカイプはエストニア生まれです。
一万年前から定住していて、独自の言葉を持っているというのはミラクルな事です。
1900年ころまでの750年間をあまたの国より占領され続けた歴史を持ちます。

初めに案内してくれたのは国会議事堂の裏手にある石灰岩で造られた塔
”のっぽのヘルマン”です。タリンの塔にはそれぞれ”のっぽのヘルマン”のように
ふとっちょのマルガリータ、など名前がついているそうです。愛され感が伝わります。

塔の上に掲げられているのはエストニアの国旗です。
青、黒、白
青は空と海、黒は大地、白は幸福を表します。
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手前のピンクのちぐはぐなお城が現国会議事堂です。
ロシア帝国女帝エカテリーナ2世が華やかなピンクがいいわ
といってお城をピンクに塗らせたため、ちぐはぐなんだそうです。
その国会議事堂の目の前にはロシア正教のアレクサンドル・ネフスキー大聖堂
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お前の行動はいつも見張っているぞと言わんばかりに
目の前で権力を誇示するかのようにそびえたっています。
そこからほど近くにあるのはエストニア人の教会
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エストニア人は飾り立てることを嫌います。
華やかさが好きなロシア人と真っ向から対立します。

エストニア人は、このちぐはぐなロシアの建物も壊さず共生するそうです。
暗い過去を忘れない為だとケルトさんは言いました。

ケルトさんはこうも語りました。
「エストニアはアメリカなど大国の様に強くなりたいとは思っていません。」
その後も言葉は続きましたが、私はこの言葉に深く胸を突かれました。
その後の七日間、私の中にはいつもこの言葉が在りました。



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by lavvoronte | 2016-06-20 16:15 | いってきました。
「ナミさんたち、フィンエアーが欠航になっちゃったんだって。」

「・・・・・・、えっ!?」

まさかのニュースにアエロ組7名はにわかには事態が飲み込めません。
どうするの?どうなるの? アエロフロートの
オーディオシステムエラーの10時間はここで吹っ飛びました。
とにかくナミさんは、皆さんの代替え便の手配に必死に走り回っている。
密に連絡を取り合っているアヤさんから私達に与えられた情報はこれだけです。
手も足も出せないので一同、歯がゆい思いを自身で押さえ気持ちを切替えます。

約2時間。
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モスクワの空港でモヤモヤした気持ちを抱えながら乗継便を待ちました。

モスクワ―タリン(エストニアの首都)間。
左2列、右3列の小さな飛行機に背の大きなロシア系の人、
モンゴル人らしき堀の深いアジア系の人に日本人少々が乗り込みます。
(ここで出た機内食の黒パンのドライトマト入りのサンドウィッチが機内食では一番美味でした)
1時間40分。予定通り現地時間19:50分に着陸。

私達はここで一気に旅気分に引き込まれます。
なぜなら、その空気です。
空港内なので、窓が開放されているわけではないのに
そよそよと高原を吹き渡る風の様に爽やかだったのです。
不思議なことです。

親しみやすいスケール感のいくつかの通路を通り
仮設かと思うようなベニヤ扉のトイレの前を通ると税関です。
3ブース。日本の様に銀行の窓口の様な半開放のブースではなく
宝くじ売り場の様なケース状のブースの中の係員が審査します。
それは親しみやすい空港のスケール感に反して厳重な審査でした。
先頭を切った私の友人は英語に長けているのであれやこれやの質問を難なくクリア。
私は3人目。2人目の方も、想像以上に丁寧な審査を受けています。
緊張気味に自分の番を迎えると、もうあと何人もいる同じグループの者に
同じ質問を繰り返すこともないだろうと御判断されたのか何も聞かれず突破。
家庭的なドアのレバーを押し下げ
その家庭的な様子の室内とは裏腹の緊張した空間を抜けて出た
その先のカジュアルでおしゃれなこと。
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バルト三国初上陸に期待が一気に高まりました。

出口を出ると、一年前に軽井沢でお会いしたラトビア人ご夫妻が待っていてくれました。
すでに役目を終えたターンテーブルの上にそこだけ時間が止まったかのように
置き去りにされていた私達の荷物を受け取り
ここで合流するはずだったフィンエアー組の分を考えても大げさなくらい大き過ぎる
用意されていたバスに乗り今日のお宿
Park Inn by Radisson Meriton Tallinn
についた時、時計がちょうど21時になりました。

欠航となった非常事態に平常心を失った何百人ものフィンエアー乗客の異様な空気の中
ナミさんは10時間、必至の粘り全員分の代替え便を確保しました。
しかし、話を聞くだけでも過酷な旅路です。
フィンエアー組の半分は、成田から羽田へバスで移動しバンコクへ。
そしてバンコクを夜中に飛び立ち、フィンランド→タリン。
24時間中移動です。もう半分の方は、成田で一泊し前日乗るはずだった同じ時間の
フィンエアーに席を確保できました。
これでもまだ良かったそうです。同じ様な旅程を組まれていた他の乗客は
二晩、成田で過ごさざるを得ない方もいらしたそうです。
なんというリスク管理。たまにしか旅行をしない者にとっては豪い目です。

そんな皆様とも明日のこの時間、エライ遠い国となってしまったエストニアでお会いします。



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by lavvoronte | 2016-06-20 13:48 | いってきました。