森の中のちいさなお店 すてきな”ギフト”みつかります


by lavvoronte

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徒然草 沖縄編〜9〜

2015年 11月 21日 (4)

受話器から「誰だか分かる?」それは結婚して間もない義姉だった。当時、ハワイを卒業し軽井沢へ戻る大人への道のりのその決断を下した夫婦に与えられたほんのつかの間のアメリカ訪問中の珍しくはある電話だった。「ちょっと待ってね」と言って代わったのは何故か私の同級生のこの旧友だった。確かに名前は彼女のものであり、その声も夫々の道を違えて4、5年経つが変わらない彼女のものだった。しかし繋がり用に思い当がない。私の混乱をしたり顔で喜んでいる二人はしばらくそれを満喫した後ようやく私を混乱から解放した。


彼女は、高校入学当初より胸を膨らませ夢を輝かせ渡米の念を私に語っていて、他に親しい友人がまだ少なかった私は果たされる日は卒業後であって欲しいと密かに願い、だがそれは果たされ、が、当初心配したよりは私が新しい環境に居場所を得るだけの時間が与えられ、同級生達よりも早い巣立ちを祝福できた頃、その変わらなかった思いを高校卒業を一年残して敢行した。
今回渡米後の彼女の様子を聞かなければ私はこの思い出話を表現する際「思いを遂げた」としたはずだった。しかし夢の先には強いられた苦労努力が大きく立ちはだかっていた話を聞いた今では、敢行 という言葉が妥当だった。
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by lavvoronte | 2016-01-30 20:15 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜8〜

2015年 11月 21日 (3)

珊瑚染めとは、輪切りにした珊瑚の凹凸を版にしてその上にキレを乗せその凹凸を写し取り模様にした染物で、私はサーフショップで見かけるような蛍光色のように明るい青や紫や黄色や緑の色調のものより単色のモノトーンで染められたものに惹かれた。中へ入るとありがちな民芸品でないセンス良く開発されたエプロンや名刺入れティッシュボックスカバーなどが目に入った。が、私はモノトーンに染められた珊瑚染めの端切れを買い店を出た。
中山門跡の碑があるからこの建物もゆかりをもたせているのかと思いきや、意外にも立山の古民家を移築したものだという話を母から聞いたので、帰り際改めて振り返って三階建てでモルタル塗りの大きな屋根を乗せていることを確認した。
車に乗り坂道の続きを登りきると首里城への入口に突き当たった。そこを左に曲がりもう一度左ヘ曲がり来た方へ道を返し旧友の待っているホテルへ向かった。この4月、台湾訪問の約束を30年越しに果たしたのはまた別の友人だったが、滞在中台湾でフェイスブックに記事をアップすると高校卒業以来会っていない友人から思いもかけずコメントが入ったそれが今ホテルで首を伸ばしている旧友だった。そうか、彼女は台湾在住だ。海外在住のその場所はなんとなくでしか把握していなかったからコメントをもらって嬉しくて、その功績を上げたフェイスブックに対する私の評価は超高く跳ね上がった。

これもまた初就職先時代の話。ある日会社から帰宅し妹と二人暮らしをしていたワンルームに電話がかかった。
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by lavvoronte | 2016-01-27 17:02 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜7〜

2015年 11月 21日 (2)

旧友のホテル到着予定は14時半過ぎだ。それまでの間は首里城へ向かう道中にあるお寺で地元アーティストの絵の展覧会を見に行ってみよう。何故点で描く事を選んだのだろう。例え趣味であってさえその表現方法を選ぶ迷いの余地も起こらないほどの緻密な極小の点で描き上げた渾身の作品。それはその根気とは裏腹のミュシャのようなロマンチックな表情だった。女性好みかと思いきや案外男性客が多かった。どちらかというと絵よりも展示の仕方に興味を持った私一人を取ってみてもロマンチック好みは男性に劣るのが世の原理かもしれない。
その展示場は想像以上に大きく立派な仏閣に専用に建てられていて独立した美術館かと思うほど立派だった。建てたばかりの新しい建物の中に、合板をH鋼形に組み合わせボリュームのある柱状にした材を天井と床で抑え、パーテーションのように一つの空間を緩やかに仕切った、フレームを超えたインテリアになっているフレームに1点ずつ飾られていた。H鋼状の材の凹みには沖縄の布が貼られ独特な演出を感じさせていた。
この展覧会はとても人気で我々は会場の駐車場になかなか入れずにいた。これを待っていては時間が合わないので、運転手の兄を残し先に展示会場へと駒を進めた。会場を一回りしても兄が入ってくる気配がなかったので運転を代わろうと様子を見に行くと車2台分しか進んでいなかった。駐車場は満車で夫々がじっくりと作品を鑑賞しているのだ。運転を代わり兄が絵を見に行くと私は交通整理をしている係りの人を見て暇をつぶした。会場はかなりの坂の途中にあったのでサイドブレーキをしっかり引いて、なかなか動く気配すらないのでエンジンも止めた。私の前の車がやっと駐車場へ案内され次は私だと思ってそれに続くと係りの人に反対車線で待っている車が先だと言われ、バックをしようとしたところでみんなが戻ってきた。それほどの停滞ぶりだ。運転を兄に変わりあまりの混雑にUターンを諦め車をその先へと進めさらに坂を登る。

途中、首里第一の門、中山門跡だったという場所に珊瑚染めの商品が売っているお店があった。絵を見ていた時に旧友から到着の電話があったが急がないからゆっくり絵を楽しんできてと言ってくれた言葉に甘え義姉も寄ったことはないというのでこれを機に行動へ移してみた。
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by lavvoronte | 2016-01-25 20:56 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜6〜

2015年 11月 21日 (1)

この日も自宅から1時間近くをかけ我々の元に来てくれた兄夫婦。まずお昼は名物沖縄そばを食べることを話し合った。首里城付近のお勧めの沖縄そば屋さん。茹で置きの柔らかいそばしかないのかと思ったら生麺茹でたてのコシのあるそばがそこにはあるという。兄はテビチそば。母は固める前の豆腐が入ったユシそば。私は鶏そば。義姉の頼んだ塩鶏付けそばが一番美味しそうだった。テーブルに置いてある少しクセの強いヨモギをトッピングして食べる。

今日からは忙しい。旧友が台湾から一時間遅れで搭乗案内となったLCCで合流する。彼女の滞在日程はこの土曜日から翌週の水曜日まで。道連れの本はお預けだ。朝食を済ませ部屋で休んでいた私は10:15フライト予定だった旧友が搭乗案内を待つ間、到着時間の事や空港でお昼を済ませたいから時刻表通りだったら12:45の到着時間も遅れた搭乗案内以上に後になる事などを微細にやり取りした。昼食を空港で済ませたいと切り出した時、旧友が少し申し訳なさそうであった事が、我々も昼食は済ませる予定であったし何の問題もなかった故その気遣いに僅かな気掛かりを作った。このつっかえが私の勘繰り過ぎでない事を確認したのはこれより2日の後、沖縄にしか上陸していないアメリカの「A&W」というファーストフード屋の那覇空港支店にて、沖縄出身の同僚から勧められていた食べたいメニューがあったからだと告白があった時だった。それにしても何も申し訳なくないのだがこれは彼女一人のほくそ笑み事項だったが為だろうと、沖縄を右から左へと流している車窓を眺めている時に一人了解した。
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by lavvoronte | 2016-01-20 13:23 | いってきました。
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軽井沢プリンススキー場山頂の日の出です。
今年は太平洋側お天気がいいということで期待をしていた日の出ですが
残念ながら日の出の高さには厚い雲があり
雲越しとなってしまいました。しかし、雲越しだったおかげで
太陽の正円をはっきりと見ることができ、これはこれで貴重だったのかも。

いくら待っても雲がどかなかった間に
真後ろの浅間は赤浅間だったそうです。
気づいた時にはこちらにも雲がかかり、次にお目見えした時は
もう赤さが抜けてしまっていました。

けれども新年の澄み切った空に綺麗な景色を望めました。
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今年もみなさまにとって慶び多き一年となりますように。
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by lavvoronte | 2016-01-03 18:58 | 軽井沢のようす