森の中のちいさなお店 すてきな”ギフト”みつかります


by lavvoronte

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映画

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「脇田和氏の絵が好きで脇田美術館へ来た時に、ここを通りかかって、このお店が気になっていたんです」

それまで、マイペースに店内を周っていらしたこの方の、この言葉をきっかけに、私たちの会話は堰を切った。
不思議だった。
初対面にもかかわらず互いの距離を測り合うこともなかった。
興味の的と感性が似ていたからか、まるで旧知の仲のように会話が止まらなかった。
気が付くと、軽く2時間を越えていた。
映画一本分。

お客様とのその会話は私にとって、とても興味深く、心が沸き立つ思いだった。
お客様はお買い物をしてくださり私はお代金を受け取ったのだが、あまりにも豊かだったこの時間にお代金を受け取るのが忍びない気分になった。

すてきな映画に出会ったような、そんな心地よい疲労感と興奮の余韻からしばらく抜けられないでいた。
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by lavvoronte | 2006-10-30 17:00 | お店のようす

大事な変換作業

建築史家の藤森照信さんと雑誌「新建築」の編集長を長きに渡り務めていらした馬場璋造さんの建築対談を聴いてきた。

お二人は対談の中で「たくさん建築を見て歩く」ということを提唱された。そして、ただ見るだけに留まらず受け取った感動を言語化することがとても大事だとおっしゃられた。

言語化するということは、気体のように姿のない、つかみどころのない、そのままでは存在すら確認されない自分の感情に対し、その感情の動きをコマ送りをするように細かく分析し、「何に」、「何故に」と問いただし、一つ一つ言葉を当てはめて姿を与えてあげる。光を当てれば影を作る、触れば触れられる、そんな風に実態を作る作業。

建物の外観を見てため息をつく。
内部に入って考える。
そうやって何かが自分の中に生まれる、その感動に姿を与える。この作業を繰り返すことで自分の中にスケールが構築される。人に与えられた情報だけで満足しがちだが、一から自分で感じ取り自分の頭で考える。生み出した感動をちゃんと自分の物にする。

お二人の対談を聴いた後私は近所の車庫を見に行かなくちゃ、と思った。
車で通り過ぎたときに心惹かれる何かがあったのだ。
それが何なのか、姿を顕にさせに行こう。
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by lavvoronte | 2006-10-27 21:17 | ぶつぶつ・・・

幸運

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その昔、ベートーベンの時代には、音楽家を抱えることが許された限られた人は、自邸で生の演奏を聴く事ができた。

先日、プライベートの音楽会にお誘いをいただいた。
雑誌に出た程に素敵な別荘の、屋外のような室内でのフルートの演奏会だった。
三間×九間位の空間で聴くフルートの音色は、案外骨太でお腹に響くほどだった。

もしかしてこれは、その昔のそれに近い体験をしているのではないか。目の端から端までの紅葉をバックに美しく立つ演奏者を観ながらそんな風に感じた。
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by lavvoronte | 2006-10-27 08:39 | いってきました。

軽井沢の紅葉情報

10日前の日曜日、今年はじめての雪虫がひらひら舞っていた。
それは儚げで繊細で、とても貴重なものを見ているようだった。
しかし今日に至っては、焚き火の灰が浮遊しているほどにたくさんの雪虫が、あまり美しくないほど舞っている。

振り返ってみると、冬に劣らず秋も長いものだ。
軽井沢の紅葉はそろそろ見頃を迎えだした。
一番最初に蔦が赤くなり、深い緑の中で一際存在を主張する。そこから銀杏が黄色くなり始め、今は紅葉が場所によってはすごく気持ちのいい赤に染まっている。唐松もほんのり色づいて道を歩くとその香りが立ち上る。
秋深し。
雪虫の便りが届くころは、そろそろ雪の便りも届きだす。
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by lavvoronte | 2006-10-25 16:31 | 軽井沢のようす

デジャブぅ

最近の軽井沢は昔と変わったなあと思う。
別荘、ペンション宿泊の滞在型から、新幹線通勤、リゾートマンション、バスツアーに日帰りコース、と人の流れ方やその遊び方が以前とは別のスタイルになってきた。
その反面変わらないなあと思うのは、やはり商売の成り立つのは夏場だけということだ。
お店をやるようになってどうしたものかと考えることが多くなった。
そして、同じように考えている友達と雁首揃え、何か起こそうということになった。
そして、まずは顔合わせがてらお食事会を企画した。
会場にお借りしたのはshakerさん。
そこへ着いたらこのおもてなし↓
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アプローチから玄関にかけてキャンドルが焚かれていました。
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とっても雰囲気のある演出に感動し、思わず店内に駆け込み「すてき!!」と叫びました。
そして改めてもう一度振り出しに戻り、今度はゆっくりとこの”おもてなし”を味わいなおしました。
そこからゆっくりと人が集まりだし、お互いを知るべく自分の趣味や興味のあることなどをワイン片手にとつとつと語り合いました。そしてその”とつとつ”は終わりを知ることなく続きました。
気がつくと午前2時過ぎ・・・このパターン前にもあった・・・デジャブぅ・・・
すっかりと打ち解けた私たち、本分を果たすべくまた集わないとね!
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by lavvoronte | 2006-10-24 21:38 | 軽井沢のようす

スイッチ

夜が終わらないうちに目が覚めた。
やけに冴え冴えとしてしまったので、暇つぶしに本を読んでみた。
それから朝までの数時間、目の端に映る窓の表情は踊るようにリズミカルに変化していった。

太陽が息を吹き返す一歩手前時、
まず、薄いブルーグレーだった空は褪せるように静かに色を失っていった。
そして、その速度に歩調を合わせるようにして、
単調な一色の黒色だった木の葉たちはそれぞれの色を取り戻していく。
ここから変化はテンポを上げ、みんなが一斉に息を吹き返す。
木の葉は風を受け身体を揺らし体温を上げていく。
青みの戻った外の天井は、その高さをぐんぐん引き上げる。
その次は音が生まれだす。鳥の声がする。新聞配達のバイクの音がする。豆が吠える。
どんどん現実になっていく。
ここで、スイッチが切り替わる。
人の営みが支配する世界へと。
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by lavvoronte | 2006-10-23 15:35 | 軽井沢のようす

「待つ」におかれた哲学

新聞をくくっていたらある文字が目に飛び込んできた。それは

「待つ」ということ

だった。
諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんが、哲学者の鷲田清一の書いた『「待つ」ということ』という本を紹介する文章だった。
そこには
*私たちは意のままにならにもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をなくし始めた。
*「待つ」ということは、期待や願いや祈りが内包されているはずである。
*「待つ」ことに隠された意味は後になって見えてくることが多い。
*待った人たちが例外なく潜り抜けてきた曲面、待ち焦がれ、待ちわび、待ちくたびれて、ときに待ちきれなく、ときに待ち明かし、待ちつくし、やがて待ちおおせぬまま…。ついに待ちぼうけをくらうだけに終わっても、それによって人は意味を超えた場所に出る。その可能性に触れたかった。
と書かれていた。

鎌田先生が「この本を読んでみませんか。きっとあなたにとって幸せな時間になると思います。」と文章を締めくくられたので、私も素直に幸せになる時間を買ってきた。
さあ、読むのが楽しみだ。
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by lavvoronte | 2006-10-22 20:52 | ぶつぶつ・・・

いいわけ

ブログが更新できていないなぁ、とは思っていたんです。
しかし、5日も空けてしまっていたとは・・・・
楽しみに開いてくださった”多く”のみなさま、
ごめんなさい。

実は、パソコンを新調したのですが、まだ意気投合することがかなわず
携帯から更新したりもしたのですが、長文を打つには面倒くさく、
そのまま、面倒くさく・・・・

今日は、妹のPCからお送りしております。

* * * * * *

先日、またハバネロをゲットいたしました。
ハバネロネタは今回で3回目です。(同じことを繰り返していますが、まだ、ボケはきてません)

今回は、前回の倍の量をいただきました。
前に紹介した、あのハバネロソースがあまりにも美味しくて、たくさん作っておきたいと思い、リクエストしてしまいました。
そしてここから、バジルとハバネロvsわたし の永遠と続く「みじん切り格闘」の火蓋が切って落とされたのです。
闘うこと、1時間(あれ?そんなに永遠ってほどでもなかった)
めでたく、前回の2.5倍ほどの”ハバネロソース”が完成いたしました。
お陰で爪の間は、染物師のように黒緑色に染まってしまいました。

しかし、このまま平穏に事態は収拾されませんでした。

何か考え事をしたりするとき、手で頭を掻いたり、おでこや口に当てたりする癖があって、先ほど投稿した文章を考えているときもそうしていました。
すると、目はヒリヒリするし、鼻の下とかはピリピリするし、
えーーーっ!?
これって、ハバネロの呪い?
まだ、痛いです。

* * * * * *

私の拙いこのブログ、それを読んで下さっている方はどなたなのか、全て把握しているつもりでおりました。
しかし、先日思いもかけないお客様から「ブログ読んでます」とお声をかけていただき、大変驚いたのと共に、大変恐縮している次第でございます。どんな方が読んでくださっているのかわくわくもしますが、微弱な日本語力と薄いボキャブラリー、軽い頭から生み出されるこの文章はどこまで耐えて行けるのだろう・・・皆様の愛に育まれます。

* * * * *

先日、朝外へ出ると店の横の芝生が痛々しく捲り上げられてしました。
いのしし です。

ちょうど一月半前も、
その時は家の庭の方でした、かなり広い範囲で何か細い幅の、そう、ゴルフクラブのようなサイズで、耕されたように痛めつけられた芝生の無残な姿を目にしたばかりでした。
始め、いのししだとは思いもよらず、
細い、、、なんかゴルフクラブサイズ、、、
「!。  ・・・父さん!?」
日夜、庭でゴルフレッスンに精を出しているというだけで、疑いをかけてしまったことをここで懺悔します。
でも、時々やるんだもんねぇ。

軽井沢に限らず、各地で野生動物による被害が続出しています。

* * * * * *

このPC、拝借しておいてなんですが、なんか怖い・・・;
漢字に変換させようとすると、時々固まる。

頼りにしているうちのSE様。
お待ち申し上げ奉ります候♪

* * * * * *

調子にのって、話題の出血大サービスでお届けいたしました。
(ぅわあっ!!!目を掻いたら、まだ染みるよぅっっ、目が開かない、涙ぼろぼろ。
一体いつまで続くのこの呪い。ハバネロのばか・・・。)
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by lavvoronte | 2006-10-13 20:42 | ぶつぶつ・・・

帰り路

東京に居た頃
通勤手段は主に自転車だった。
毎日駅二つ分
ジャーコー、ジャーコーと線路脇の景色を横切っていた。
絶え間なく
重たそうな鉄の軋む音を従えて、オレンジ色の電車が私を追い越していった。

東京だと
ススキの穂が開くのは11月に入ってからだった。
私は
そのくらいの季節の帰り路が好きだった。

線路っ端に
詰め込まれるだけ詰め込まれて立っているススキの穂が
冷たく緊張し始めた空気の中
無表情な月の撥ね返す青白いその光を
腹いっぱい吸い込んで
銀色に輝くのが
きれいだったから。
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by lavvoronte | 2006-10-13 19:35 | ぶつぶつ・・・

秋の残り香

連休ど真ん中の今日、
心配した台風の直撃はその進路反れ、空は青く澄み渡った。
夕刻に見た白い雲は、自身をキャンバスに仕立て今日の太陽の終焉を全身で受け取り、その生命力をピンク色の光へと写し取り強烈に反射していた。

しかし、台風のしっぽは余った余力を使い果たすかのように姿を強風に変え、すっかり日が落ちきった今でさえ、その猛威を大いに奮いまくっている。
お陰で空気の温度は激しく奪われ冷たく肌に突き刺さり、その存在感が大きくこの身に圧し掛かる。
お陰で、ひっそりと佇むはずであった夜空の雲さえも、異様なほどに明るさを持たされた月の灯りで、まるで手に取ったかのようにありありとその姿を立体的に露に知らしめられている。
10月初頭にしては、冷たく冷えっきったこの空気。
既に志賀の山では、初雪も観測されている。
大気は冬の訪れを告げている。

しかし下界の私たちは、まだまだ秋を味わい尽くしていない。
これからが本番だと考えている。

もしかすると私たちのそんな姿は、神の目には熾き火のように繊細にいき絶え絶えとなっている秋のその残り香を必死で追い求めているように写るのかもしれない。
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by lavvoronte | 2006-10-08 22:34 | 軽井沢のようす