森の中のちいさなお店 すてきな”ギフト”みつかります


by lavvoronte

カテゴリ:いってきました。( 89 )

昨年5月あたま
やっと軽井沢が冬眠から覚めそれぞれが活動し始めたころ
お友達のところで毎年恒例の冬明け祝いのライブ演奏がありました。
私もいつも楽しみに出かけています。
その年は、いつもお見えになっていた知り合いから、
とあるラトビア人のご夫妻の紹介がありました。
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紹介してくださる彼女は、ラトビア留学の経験があるので
そのつながりかしら?とお話を聞いて行くと
この先の5月の末から6月の頭にかけて
ラトビアとリトアニアを旅するツアーを企画した
というのです。ご夫妻はその旅行の企画を手伝ってくれている強力な協力者だ
というご紹介でした。

彼女がラトビアに留学したことがあるというお話を聞いてから
いままで世界地図でしか存在しない縁のない国だったのが
リアルな国として浮かび上がったので、
機会があったら訪ねてみたいと思っていたところでしたから
「ツアー」と聞いて私も!と大きく心を動かされたのですが
その年はすでに募集は締め切られた後でした。

ですから私が今回参加できる事となったのは
実に一年越しの思いが叶った、
待ちに待った瞬間だったのです。
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by lavvoronte | 2016-06-12 16:48 | いってきました。

おもひで

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今朝、モナコを特集していたテレビを見ていて
ムラーノ島のガラス屋さんをふと思い出しました。
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色との歴史が永く、扱いなれている感が溢れている
おしゃれで、洗練された店内
写真を撮っておいてよかった。
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船に乗り、ムラーノ島から帰港して
確か目の前だったと思います。
ヴェネツィアで一番古いというホテルのラウンジでのティータイム
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でした。
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by lavvoronte | 2016-05-27 14:02 | いってきました。

徒然草 沖縄編 〜10〜

2015年 11月 21日 (5)

兄夫婦と旧友との出会いは彼女の夢の敢行先アメリカ、デンバーだった。お互いの承知の外で友人が共通していた事を認識したのは兄夫婦がデンバーの空港へ彼女を迎える依頼を遂行した時だった。日本人というだけの共通点の初対面当初、自己紹介の中に引っかかるものがあったのは私の旧友の方だった。自身の出身地、名字を告げる兄に、同じ出身地、同じ名字の知り合いがある事を驚きとともに吐き出す彼女。その後はお互いそれを照合し合う。まさか一致した。その興奮そのままに私に電話をかけたので、私も混乱するのは勿論の事だった。なんと三者が対面するのはその件以来なのだ。これは当事者にとっては小からぬ事件なのである。ワクワクする。

とうとうホテルに着いた。私と彼女は半年ぶりの再会。もちろん何の照れも躊躇もない。だけど約四半世紀ぶりの半年前の再会も何の照れも躊躇もなかった。それは、昔から変わらない彼女のオープンマインドとそれを知っててそれを信頼しそのままに振る舞えた、やはりどこを切っても彼女のお陰だった。さて、兄たちとも、そう20年振りの再会を果たす。母たちのホテルまでの移動の間ひとしきり出会った時の事やこれまでの身の上を話し、お互いの食い違った思い出を比較補正した。母たちのチェックインを済ませ部屋で一休みしている時もなかなか話が止まらない。それでもやっと間を割って次の行動へ移る事にした。

義姉は明日の仕事がちょうどいい事に宿泊するそのホテルで控えていた。その打合せの為ここでひとまず別行動。我々は私の希望である沖縄の作家さんによるガラスや陶芸の器を見に行く事にした。ここの商品を今年ラボロンテでも扱わせてもらっていた。沖縄らしい柔らかい暖かい印象の作品だ。お店
のちほど合流

20年。なんて儚い共通点を丁重に繋げてこれたのだろう。ここにも図れない縁が働いたのではと満悦に浸る私。そんなこんな、本日の最終目的地沖縄流おでんの居酒屋さんまでのドライブを、20年の来た道を夫々折り返すこととなった。で、着いたそこは2000円2時間食べ放題制限付き飲み放題 。 地元の人で席を奪い合う人気のお店。そんな料金設定で、と心配を並走させながら、でもこちらもわずかばかりだがセルフサービスを提供するこの店のシステムを理解した頃、打ち合わせを終えた義姉が合流した。先に学習した理解を義姉に伝えここでオキナワンナイズを存分に味わった。まずまずのお店だった。何よりも感心したのはビュッフェ形式になっていたお惣菜の数々。海ブドウ、手羽先の唐揚げ、チャンプルー、カキフライ、所狭しと20皿は並んでいた。予約必須のオキナワンナイズ。地元の皆様にとっては教えたくない穴場なのだろう。
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by lavvoronte | 2016-02-02 07:19 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜9〜

2015年 11月 21日 (4)

受話器から「誰だか分かる?」それは結婚して間もない義姉だった。当時、ハワイを卒業し軽井沢へ戻る大人への道のりのその決断を下した夫婦に与えられたほんのつかの間のアメリカ訪問中の珍しくはある電話だった。「ちょっと待ってね」と言って代わったのは何故か私の同級生のこの旧友だった。確かに名前は彼女のものであり、その声も夫々の道を違えて4、5年経つが変わらない彼女のものだった。しかし繋がり用に思い当がない。私の混乱をしたり顔で喜んでいる二人はしばらくそれを満喫した後ようやく私を混乱から解放した。


彼女は、高校入学当初より胸を膨らませ夢を輝かせ渡米の念を私に語っていて、他に親しい友人がまだ少なかった私は果たされる日は卒業後であって欲しいと密かに願い、だがそれは果たされ、が、当初心配したよりは私が新しい環境に居場所を得るだけの時間が与えられ、同級生達よりも早い巣立ちを祝福できた頃、その変わらなかった思いを高校卒業を一年残して敢行した。
今回渡米後の彼女の様子を聞かなければ私はこの思い出話を表現する際「思いを遂げた」としたはずだった。しかし夢の先には強いられた苦労努力が大きく立ちはだかっていた話を聞いた今では、敢行 という言葉が妥当だった。
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by lavvoronte | 2016-01-30 20:15 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜8〜

2015年 11月 21日 (3)

珊瑚染めとは、輪切りにした珊瑚の凹凸を版にしてその上にキレを乗せその凹凸を写し取り模様にした染物で、私はサーフショップで見かけるような蛍光色のように明るい青や紫や黄色や緑の色調のものより単色のモノトーンで染められたものに惹かれた。中へ入るとありがちな民芸品でないセンス良く開発されたエプロンや名刺入れティッシュボックスカバーなどが目に入った。が、私はモノトーンに染められた珊瑚染めの端切れを買い店を出た。
中山門跡の碑があるからこの建物もゆかりをもたせているのかと思いきや、意外にも立山の古民家を移築したものだという話を母から聞いたので、帰り際改めて振り返って三階建てでモルタル塗りの大きな屋根を乗せていることを確認した。
車に乗り坂道の続きを登りきると首里城への入口に突き当たった。そこを左に曲がりもう一度左ヘ曲がり来た方へ道を返し旧友の待っているホテルへ向かった。この4月、台湾訪問の約束を30年越しに果たしたのはまた別の友人だったが、滞在中台湾でフェイスブックに記事をアップすると高校卒業以来会っていない友人から思いもかけずコメントが入ったそれが今ホテルで首を伸ばしている旧友だった。そうか、彼女は台湾在住だ。海外在住のその場所はなんとなくでしか把握していなかったからコメントをもらって嬉しくて、その功績を上げたフェイスブックに対する私の評価は超高く跳ね上がった。

これもまた初就職先時代の話。ある日会社から帰宅し妹と二人暮らしをしていたワンルームに電話がかかった。
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by lavvoronte | 2016-01-27 17:02 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜7〜

2015年 11月 21日 (2)

旧友のホテル到着予定は14時半過ぎだ。それまでの間は首里城へ向かう道中にあるお寺で地元アーティストの絵の展覧会を見に行ってみよう。何故点で描く事を選んだのだろう。例え趣味であってさえその表現方法を選ぶ迷いの余地も起こらないほどの緻密な極小の点で描き上げた渾身の作品。それはその根気とは裏腹のミュシャのようなロマンチックな表情だった。女性好みかと思いきや案外男性客が多かった。どちらかというと絵よりも展示の仕方に興味を持った私一人を取ってみてもロマンチック好みは男性に劣るのが世の原理かもしれない。
その展示場は想像以上に大きく立派な仏閣に専用に建てられていて独立した美術館かと思うほど立派だった。建てたばかりの新しい建物の中に、合板をH鋼形に組み合わせボリュームのある柱状にした材を天井と床で抑え、パーテーションのように一つの空間を緩やかに仕切った、フレームを超えたインテリアになっているフレームに1点ずつ飾られていた。H鋼状の材の凹みには沖縄の布が貼られ独特な演出を感じさせていた。
この展覧会はとても人気で我々は会場の駐車場になかなか入れずにいた。これを待っていては時間が合わないので、運転手の兄を残し先に展示会場へと駒を進めた。会場を一回りしても兄が入ってくる気配がなかったので運転を代わろうと様子を見に行くと車2台分しか進んでいなかった。駐車場は満車で夫々がじっくりと作品を鑑賞しているのだ。運転を代わり兄が絵を見に行くと私は交通整理をしている係りの人を見て暇をつぶした。会場はかなりの坂の途中にあったのでサイドブレーキをしっかり引いて、なかなか動く気配すらないのでエンジンも止めた。私の前の車がやっと駐車場へ案内され次は私だと思ってそれに続くと係りの人に反対車線で待っている車が先だと言われ、バックをしようとしたところでみんなが戻ってきた。それほどの停滞ぶりだ。運転を兄に変わりあまりの混雑にUターンを諦め車をその先へと進めさらに坂を登る。

途中、首里第一の門、中山門跡だったという場所に珊瑚染めの商品が売っているお店があった。絵を見ていた時に旧友から到着の電話があったが急がないからゆっくり絵を楽しんできてと言ってくれた言葉に甘え義姉も寄ったことはないというのでこれを機に行動へ移してみた。
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by lavvoronte | 2016-01-25 20:56 | いってきました。

徒然草 沖縄編〜6〜

2015年 11月 21日 (1)

この日も自宅から1時間近くをかけ我々の元に来てくれた兄夫婦。まずお昼は名物沖縄そばを食べることを話し合った。首里城付近のお勧めの沖縄そば屋さん。茹で置きの柔らかいそばしかないのかと思ったら生麺茹でたてのコシのあるそばがそこにはあるという。兄はテビチそば。母は固める前の豆腐が入ったユシそば。私は鶏そば。義姉の頼んだ塩鶏付けそばが一番美味しそうだった。テーブルに置いてある少しクセの強いヨモギをトッピングして食べる。

今日からは忙しい。旧友が台湾から一時間遅れで搭乗案内となったLCCで合流する。彼女の滞在日程はこの土曜日から翌週の水曜日まで。道連れの本はお預けだ。朝食を済ませ部屋で休んでいた私は10:15フライト予定だった旧友が搭乗案内を待つ間、到着時間の事や空港でお昼を済ませたいから時刻表通りだったら12:45の到着時間も遅れた搭乗案内以上に後になる事などを微細にやり取りした。昼食を空港で済ませたいと切り出した時、旧友が少し申し訳なさそうであった事が、我々も昼食は済ませる予定であったし何の問題もなかった故その気遣いに僅かな気掛かりを作った。このつっかえが私の勘繰り過ぎでない事を確認したのはこれより2日の後、沖縄にしか上陸していないアメリカの「A&W」というファーストフード屋の那覇空港支店にて、沖縄出身の同僚から勧められていた食べたいメニューがあったからだと告白があった時だった。それにしても何も申し訳なくないのだがこれは彼女一人のほくそ笑み事項だったが為だろうと、沖縄を右から左へと流している車窓を眺めている時に一人了解した。
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by lavvoronte | 2016-01-20 13:23 | いってきました。

徒然草 沖縄編 〜5〜

2015年 11月 20日 (4)

船に掛けられたスロープを上がると船長さん達が迎えに出てくれていた。挨拶をして左に曲がると鉄板をスマホ型にくり抜いた狭い入り口がありくぐるとそこがメインダイニング。赤っぽい色調の船内の船窓にはかろうじて薄暮の中に外の景色が伺えた。ポポポポポポという一定リズムの出発前のエンジン音が聞こえている。どんな様子かと船内を観察する。大体の様子が飲み込めた頃メニューの案内が始まった。義姉のお陰だったのかワンドリンクがサービスされた。加えて、あまり呑めない義姉が久しぶりの会食を記念して解禁日ボージョレーを奢ってくれた。我々も久しぶりに会う嬉しさや楽しみにしていた旅行の始まりに浮き足立ち勢いがついていた。今年のボージョレーは美味しかった。美酒に酔っていると生ライブが始まった。なんと贅沢な事だろう。解禁ボージョレーと沖縄フレンチとライブにおしゃべり、五感がフル動員された。

ライブ中休みにアーティストの方がテーブルヘお話に来てくださった。義姉たちとは知り合いでまたここでも話が弾む。とてもお孫さんがいらっしゃる様には見受けられない彼は若いうちに故郷に別れを告げ何度か拠点を変え早々に沖縄へ落ち着いたという。歌一本かどうかは分からないがなんとも柔軟でたくましいなぁと思っていると船が港に着いてしまった。夜景を見忘れた。。。。

1日目の沖縄の朝を迎えた今日、一日中良く動いた。充分に味わった。早く寝て続きの旅行に備えよう。
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by lavvoronte | 2015-12-20 20:06 | いってきました。

徒然草 沖縄編 〜4〜

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2015年 11月 20日 (3)

兄夫婦と犬二匹との再会。まずは息苦しい私の足の為に島ゾウリを探す。地中海を思わせる商業施設でもビーチサンダルは売っていたが、構造設計がしっかりされているものだったが3,000円をかける気にはなれず島ゾウリ税込432円にお世話になる事にした。島ゾウリ432円難なく入手した次は公園になっている海岸の中の小洒落たカフェで犬たちと共に昼食を取ったところで14時が過ぎていた。この後、19時40分のディナークルーズの予約までの計画が決まっていない。温泉を売りにしているホテルへ戻り、ゆっくりと温泉に浸かりマッサージをしてもらって日頃の疲れを癒すか、近くのアウトレットを見てみるか。我々は犬の散歩も兼ねてアウトレットを歩いてみる事にした。それなりの規模だが軽井沢のように大き過ぎて途方に暮れ何処から見ていいのかと躊躇することのない程よい大きさ。それでもウロウロしてみると2時間経っていた。ペットホテルヘ犬を預けホテルへ戻ってみると、ゆっくりと日頃の疲れを癒すほどには時間が残っていなかったので、部分マッサージを受けた。

車社会の沖縄、帰宅ラッシュを心配し、たっぷり余裕を持ってホテルを出たお陰で案外早く港へ着いた。出航までの間義姉がクルーズ会社にお世話になった話や、このディナークルーズにはライブ演奏があることや、翌週はオールディーズライブのイベントがある事を聞いたり、ロビーに流れているドラえもんを眺めて過ごした。間も無く時間になり船までの引率の案内があった。受付をした順番に呼ばれバスに乗り込む。何故この距離をわざわざ?という程の僅かさだが、港内を着いたばかりの大きな貨物船からたくさんの荷物をフォークリフトの巧みなハンドルさばきでめまぐるしくさばいている光景がバスの中から見て取れわざわざを合点した。

サンセットクルーズも人気があるという事なのだが義姉の話では、夜の帳に不要なものが隠されたディナークルーズの方が絶対のお勧めだということだ。年代を感じる古さが逆にいい印象になって映ったのはそのお陰だった。
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by lavvoronte | 2015-12-14 18:02 | いってきました。

徒然草 沖縄編 〜3〜

2015年 11月 20日 (2)

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小高い高みに立ったホテルの足元にはへばりつくように、リゾートを求めて来た客の求め通りの様相の地中海を思わせる出来たばかりの白塗りの商業施設がある。時間はまだ開店前。それではと海やトンボや空を眺めるが、丸腰の炎天下。頭が痛くなりそうだったので、いまだ満タンのお腹を黙らせイタリアンソーダと引き換えに日陰に腰を休める場所を得た。寒くもなく暑くもなく何の不都合も無いお天気。常にお天気のご機嫌を伺う人に厳しい軽井沢とは大違いだ。

ウップウップしながらイタリアンソーダを吸い海の青を眺め、開店までの時間を潰していると昨日のタクシーの運転手さんが言ったことを思い出した。「沖縄は子供の教育が難しい場所だ、リゾートを満喫している人を横目にでは子供もなかなか我慢の中に自分を置くのは難しい」と。同時に、朝、日照りの中休憩している工事の人を見て、そりゃこんなに暑くちゃサクサクは働けないよ。と思ったことも思い浮かべ、おおらかな南の人の構成をほんの一部を垣間見て勝手な解釈に押し込めてみた。
時間があると色んな事に思いが巡る。

そろそろお店が開きだした。ちょっと動き出してみよう。30近い店舗の間に階段やスペースを織り交ぜ軒が連ねられている。殆どが食べ物屋さんだ。満タンのお腹では散策のケリは早くついてしまった。この後沖縄に移住して十年の兄達との待ち合わせまで一時間半。我々は時間を持て余したのでもう一度部屋に戻りそれぞれ時間を潰す事にした。私は窓を開け風通しを良くし朝済ませた洗濯が乾くようにした後、道連れの本をソファーで読む事にした。 腰を下ろしさて、と思ったが蒸し暑い。おおそうだ、小ぶりながらも小洒落たガーデンチェアの置いてあるテラスで風にあたりながらにしよう、と計画を変えた。本は、主人公の師匠がフランクロイドライトに弟子入りをしていた関係でフランクロイドライトの生涯が時折差し込まれてくる。フランクロイドライトが雇い人に妻子を斧で殺され家まで焼かれたという衝撃の事実をにわかに受け止められずにいたところ、真正面に見える滑走路で新幹線並みに絶え間なく離発着する飛行機に集中が遮られた。
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よし、この様子もここに書き加えようと思ったところで兄から着いたとの電話が鳴った。
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by lavvoronte | 2015-12-10 17:55 | いってきました。