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by lavvoronte

「地唄舞を体験する」

私がどれだけ”和事”を知らないで歳を経て来たか、
それは私の想像をはるかに超えるものだった。
真っ直ぐ立つという事、
真っ直ぐ歩くという事、
極当り前のこの動きにさえ、改めて正確さを確認すると自己感覚とのずれに
目を見張るばかりの驚きと新鮮さを覚えたのが始まりだった。

「地唄舞」。知識の無い私は日本舞踊の一つだろうと考えていた。
もちろんそれも間違いではない。バレエやダンスなどの西洋舞踊ではないのだから。
けれど内側の人間からすると歌舞伎とも日舞ともそこには大きな違いがある。

 御殿舞だった地唄舞は宮中、殿上人など極限られた人のみが観ていたものです。
 それが江戸頃、京阪のお座敷の中で地唄を伴奏に
 人の苦しみや哀しみ、煩悩などを内に秘め静かに舞われ
 また、それをみる人もやはりお座敷を上げる事の出来る極限られた人たちでした。
 舞台芸術として一般の人がみられるようになったのは近年のこととなります。
 いずれにせよ、文化、知識人など通な人に好まれ発展してきたので、
 そのような文化人たちがいなくなりつつある昨今その行く末は言わずもがなです。
 能も武家に好まれ発展したのでやはり大衆化はしませんでした。
 一方、歌舞伎、文楽は町民にみてもらう中で発展してきました。
 それなので成り立ちの部分が大きく異なります。
 神楽などの民族芸能などは、村人たちの中で神に捧げるように残ってきたのだと思います。
 村人たちの神楽は里神楽と呼びます。
 ちなみに歌舞伎舞踊は「踊り」「踊る」
 能や地唄舞は「舞」「舞う」になります。
 舞楽も神楽も「舞う」といいます。

「古くは源流を御殿舞に辿る
 能の静的な舞をその要素に持ち、実に内面的な舞い方をする」

能や地唄舞は動きを最小限に削ぎ落し、果てにはほとんど動かない
動かない間が小さな動きを衝撃波のように響かせる
能においては面に穿たれた小さな覘き穴から見える
極僅かしか与えられない外界と対話しながら
息を殺し動を殺し神経を研ぎ澄まし舞う
あまりのことに、人生最後の舞となってしまう事も事実存在するし
その覚悟で舞っていらっしゃると聞いた
一つの舞に懸ける思いがこれほどまでとは。
地唄舞に触れるまでこの事実を私は知らずにいた。

絵画にしろ映画にしろ踊りにしろ音楽にしろあまたの芸術(表現)は
観る我々の抱えていた思い、消化できない感情など
自分と同じような感情をそこに見つけるから、
心奮わされ慰められ整理(消化吸収)され、涙する
知らずにそこに救いがあるのだろう
だからまた求めたくなるのだ
地唄舞という芸は古来神にささげる舞だった
それが超絶した感性を抱える玄人達に乞われその前でも舞われるようになってゆく
超絶した感情を鎮魂させる舞
演目を演じ舞うのではなく、人生を舞う
真実(事実)を見せられるから意識下の魂が振るわされ不思議な涙が浮かんでくる。
腹の底から唸る他ない。

地唄舞を知るにつれ、風前の灯火にさらされているこの古典芸能の一つを
今ならまだ体験する事が出来るという焦燥感が募り出す。
地唄舞の舞台を見るごとにこのままでいいのかという問題意識が増殖する。
グローバル社会、効率、便利、楽
生活をよりよく発展させようと誰もが必死になって働き、細部まで注意を払う事が出来た日本人の問題意識の高さのお陰でそれを向上させて来ることができた。
わき目も振らず一心に努めた上げた末、ふと立ち止まり後ろを振り返った時、そこには
忘れてきてしまったもの、捨て置いてきた物、この中に私達日本人の情緒を安定させ
尊厳を確認する大事なものも含まれていたのではないだろうか。

二回目は復習と扇の扱い方。
畳に座し、扇子を床に置き、その手を膝へ戻す動作の中で乱れた着物の裾を正す。
指を揃え両手を膝の前に付き、頭と背中を直線状に置いたままお辞儀をする。
一連の動きを、二重にも三重にも手足をバタバタと動かさず最小限の動きとスペースの中で納める。
効率と美しさを兼ねた日本の美意識。

最後の回となる三回目は、ついに唄付きで舞うところまで辿りついた。
もちろんほんの頭だけ。それでも右手と左手だけですら制御できない。

ただ、いずれを通しても本当に貴重な体験だったし、如何に現代が日本文化からかけ離れた所にあるかを痛感させられた時間となった。せっかく掘り起こした遺伝子振動なので、機会をまた作りたいと思っている。


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by lavvoronte | 2017-09-22 14:52 | 日本の美意識